「2ちゃんねらー=ネット右翼」に関する覚え書き――「死ぬ死ぬ詐欺」言説に寄せて

 最近「死ぬ死ぬ詐欺*1という言説がはやったみたいだ。率直に言えば「死ぬ死ぬ詐欺」の言説はおかしいと思う。
 ちらちらと見ていると、どうやら「2ちゃんねらー=ネット右翼」の特徴を表していた出来事だったようだ。彼らは基本的にこういう騒動に参加することで一種の自己実現をしている。彼らは自分たちの立場を正当化するためになんらかの「社会正義」を偽装することが常であるが、その実具体的な社会構想はまったくない。それもそのはずで、彼らはイベントに参加する一瞬一瞬に立ち現れる自己像、「私が私であることの感覚(または社会的承認)を与える(ように見える)物語」に酔っているに過ぎないからだ。そのため彼らの議論はきわめて狭い範囲の立証によって正当性を獲得しようとするものに終始し、問題を歴史性や全体の文脈から総合的に捉えることができない。またそのことと表裏一体のものとして、「狭い範囲の論理によって全体を否定する」という論法もしばしば見受けられる。
 いくつか例を挙げると、南京事件で××万人が殺されたというのは嘘だ→だから南京事件はなかった、日本に強制的に連れて来られた在日朝鮮人はわずかだった→だから在日に対する日本の責任などない、ホワイトバンドの運動にはこんな疑問がある→だからホワイトバンドは悪いものだ、そして今回の「死ぬ死ぬ詐欺」では、お金の運用が不明瞭だ、親は富裕層だ→だから詐欺だ、といったものである。
 そしてこれらすべてにおいて彼らの正当性を確保するものは「社会正義によって暴かれる偽善」である。表層的には「こいつは偽善だ、暴いてやる」というのが名目であり、深層においては「偽善を暴く自分」という物語による自己実現が成立している。
 しかし実際のところ彼らの代表する「社会正義」の「社会」とはなにものであるのか。なにもないのである。これはありきたりではあるが、日本人論によくある「日本には世間はあるが社会はない」ということの典型例としてみることができるだろう。その証拠に彼らの言説は常に世間的ゴシップ=陰謀論の様相を帯びる。陰謀論とは「これには必ず裏がある、裏では怪しい奴らが悪いことを企んでおり、目前の出来事はその陰謀によって引き起こされた」という表裏二分法による思考形態である。素人はこれをして「メディア・リテラシー」だと勘違いすることがあるが両者はまったく別のものである。陰謀論においては「こいつが何かを企んでいる、こいつが黒幕である、こいつは悪者である」という「倒すべき敵」の設定が何よりも優先される。「倒すべき敵」を「叩くべき団体や個人」と言い換えてもよい。本当に考えなくてはいけないのは本来社会的広がりの中に位置づけられた問題であるはずだが、そういった全体的な議論やあるいは「倒すべき敵」の持っている背景など彼らにはどうでも良いことであり、「敵を倒す」ことによって得られる自己実現の感覚とともに、もともとの問題が抱えていたはずの複雑性は不自然に縮減され、それが不自然だという意識ももはや生じなくなる。彼らが深層で求めているのは自己実現であるからして、問題は常に自己実現の物語の中に回収しやすいもの、つまり単純で分かりやすいものが望ましい。
 またその帰結として、自分に批判が跳ね返ってきたり責任を負わされる事態は自己の物語を揺るがすために、彼らにとって特に恐怖するところとなる。ゆえに彼らの議論には常に当事者性の絶対的な欠如が――あくまで彼らの自意識と彼らの論法においてではあるが――もたらされることになる。*2自分が募金したわけでもないのに「死ぬ死ぬ詐欺」を標榜して批判したりするのはその例である。彼らにとって「偽善を暴く自分」は絶対の「社会正義」に立脚しているはずであり、「陰謀にだまされたりせず」「真実に目覚めている」はずだということになっている。そのような前提にしてみれば、自分に向けられる批判は「陰謀にだまされているメディア・リテラシーのない馬鹿が自分を洗脳しようとしている」としか思えないであろう。
 したがって、そうしたメンタリティは排外的ナショナリズムファシズムと容易に結びつくことにもなる。それらのイデオロギーは分かりやすい物語、わかりやすい敵を与え、それがそのまま自己実現の物語を提供するからである。僕がいまだに「ネット右翼」ということばを手放さず、普通よりも広い意味でこのことばを使うのにはそうした理由がある。
 以上の観点から、僕は例えば2ちゃんねるでときたま起こるような、否定的感情を伴わない「善意のイベント」にも批判的である。なぜなら、自分がそのイベントに参加して貢献している、という自己実現の物語が強く要求されているという点では「死ぬ死ぬ詐欺」などの言説とたいした違いはないからである。それが嘘偽りのない善意だとしても、場合によってはそれこそ「あなたのためにということばはいついかなるときも美しくない」(大島弓子)という事態になりかねない。自身の行為に対する妥当性の検証がそこでは圧倒的に不足すると考えられる。
2ちゃんねらー=ネット右翼」のこうしたメンタリティは新奇なものではなく、時代の変化に伴ってその表れかたが変化したものではないかと思う。かつてであれば、学生運動による自己実現、企業戦士になることでの自己実現、もう少し大きな枠組みで見れば経済的な標準化への志向(中流幻想)がその受け皿としてあったのではないだろうか。現在はかつてのような安定した物語の枠組みが社会の中に存在していないために、かつてに比べて不安や不信が前面に押し出され、瞬間瞬間の不安定で小規模な集団的物語がそのつど生成している状況にあるのだと思う。

・追加

http://d.hatena.ne.jp/muffdiving/20061008/1160467259

まとめ作った側にも理はあるんで、どっちが正しくてどっちかが間違ってるとは一概に言い難い。

などと言っている人がいました。根本的な問題が分かっていないようです。

・追加2

シム宇宙の内側にて 玉石混交のネットから石しか拾い上げられないオマニー記者

2ちゃんねるに溢れ返っている、このリンクさえ見つけられないんですか?

どうぞネットで「真実」にでも目覚めていてください。

・追加3

死ぬ死ぬ詐欺ってまだ話題になってたのか - A級腐偏の心理

渡航費は350万でした! ちなみに500万という数字は現地滞在費でした!!

……なんか、それぐらい自腹切れや、と思うんですが。

世の中の親ってこんなにも他人当てにするもんなの?

せめて自腹切ってから他人に寄付して貰って、その後の環境なんて手術終わってからの話じゃね?

術後の環境整えるために私財残しとくってのでも十分疑問感じますけどね。

血反吐吐いて働いてでも養います、くらい言ってもいいと思う。

身銭がどうとか、例のアレですね。反吐が出そうだ。

・追加4

http://d.hatena.ne.jp/akanesakitakami/20060927/1159321746

(あとでよむ)美談にだまされてはいけない。

なにが「だまされて」なんですか。あなたは募金したんですか。

・追加5
もういっちょ。これも身銭系。
死ぬ死ぬ詐欺??? - ギコ@鯖管理人★ 〜日々

こいつ等の家売って稼ぎと貯蓄を捻り出せば十分払えるよなw


ホント屑だ。いや糞だ。
2ch擁護とか言われるとアレだが、個人的にホント糞だと思いますよ(^ω^)


 
 

*1:重い心疾患の子供を抱えている親が海外に渡航して治療を受けるために募金活動をすることを「詐欺」だと非難する愚かな言説

*2:この点については「揉め事」というブクマタグを一度でも使ったことのある人間はぜひとも「当事者」意識を持っていただきたい。