じぇん不利バトン

 さて、たたむまでの間取り留めのないことをこの日付に書き込んでさらにだらしない感を増幅させてみようかと思う。id:mojimojiさんのところからもらってきたじぇん不利バトンに答えてみようと思います。

・クラス名簿を男女混合にする。
中学のときに少し不便だと感じたことがある。しかしそれは名簿だけ混合で実際には男女に分けて活動させたり、慣れていなかったりという問題だと思う。名簿が男、女という順番で分けられていることには小学生のころからなんとなく居心地の悪さを感じていた。

・男女の呼称を「さん」に統一する。
これは好きに呼べばいいのではないかと思う。逆に、呼ばれるほうが「君」「さん」を内面化していて他の呼ばれ方をおかしいと感じるという実態もある。それに「統一」というのはどうも強制的でいやな感じがする。mojimojiさんが言うように、どうしてそういう呼称にしているか、という問いを与えることは教育的に良いのではないかと思う。

・「男女」の名詞を「女男」に変える。
教育的な問いとしては有効だと思う。しかし基本的にこういう瑣末な言い換えに拘泥するようなことは自己目的化しそうな気がしてしまい、積極的に支持することはできない。「女男」でもいいとは思う。

・スカートは最も「女らしい」服装なので、制服からスカートを廃止しようとした
廃止まですることはないだろう。これは信仰上の問題として微妙なのだが、欧米のクリスチャンならまず許容しまい。服装の性差というのはその社会の文化的な条件によって違ってくると思う。そして日本においてはズボンは男のもので女がはくものではない、という規範は希薄だと思うので、僕は今のところ「好きなものをはけばよい」という立場を取っている。もしも日本で「ズボンは男のもの」という規範が強固になれば僕はそれに従う。制服に関しては着たい人がきればいいし、私服でもどちらでもよいとするのが望ましい。制服が経済階層差を見えなくしてくれるという意見に対してはむしろ見えないことのほうが問題ではないか。つまり見えることによってなんらかの差別が起こったり羞恥を感じさせられる状況のほうこそが問題で、改善されるべきだと考える。

・女子の体操着のブルマー廃止と同時に、男子の短パンも廃止し、男女兼用のハーフパンツとする。
表面的には何の問題もない。しかし『ブルマーの社会史』(青弓社)を読んだ後ではそうそう安易に手放しで肯定することはできない。90年代からのブルマー廃止の動向は女子中高生の性的な部分を隠蔽して表面だけ取り繕っているということが否めないし、ハーフパンツにしたからといって「服装の強制」という面は変わっていない。女子中高生の性的な部分についてどう向き合うのかということを逃げずに考えるべきだし、また運動に適するものであれば基本的に自由なものをはけるようにすべきだと考える。しかしスカートやブルマーをはいてる男子を僕は批判する。

・運動会の競技を男女混合にする。
競技と、その場その場の合意による。はじめから「これは男でこれは女」と分ける必要はない。そもそも運動会自体が僕は嫌いだ。参加不参加を自由にし、それによって不利益を被らないようにすべき。

・ロッカーや下駄箱の男女別の禁止。
禁止には反対。しかし男女混合でもよい。「更衣室を同じに」というのは反対(そもそもほんとにそんな主張があるんか)。
僕が小学校のときは朝学校に来たら体操着に着替える規則になっており、男女が同じ教室で着替えていた。そこで女の子たちは下着が見えないように着替えるすごい技術を編み出していたと記憶している。あいまいにしか覚えていないが、同じ部屋で着替えていたにもかかわらず彼女たちの上のほうの下着を見た記憶がない。下はブルマーをあらかじめはいてきていたが、ブルマーそのものよりも、ブルマーをあまり見せないようにするしぐさがなんともエロティックに感じられたことを思い出す。やはり高学年のときの記憶しかないかもしれない。逆に女子にパンツを見られて恥ずかしかったかどうか、ちょっと思い出せない。中学のときも水泳以外の更衣室がなかったが、いま思い返すととんでもない不備である。

・小学校教科書の記述を「点検」。「男の子はズボンに女の子はスカートに髪かざり」、「おじいさんは反物売り、おばあさんは家で」、「およめに来て・・・・およめに行く」、「小さなお母さんになってお昼を作る」などの表現をジェンダーフリーに反するものとする。
批判があるなら受ければいいと思う。それにそういう表現そのものよりそういう表現ばかりだというのが問題点なんでしょ? 僕は基本的に既存のジェンダー規範を全肯定するけれども、その中に僕の基準から見て問題のある部分がないとは思わない。いまは個人的に調整して自分のスタンスを作ることにしている。

・男女別学の公立高校を共学にする。
基本的に賛成。しかし男女別学のメリットもあるかもしれないので今後の議論展開しだいといったところか。

・高校入試の合格者数を、男女同数にするよう要求する。
男女別なく成績優秀者から順番に入れればいいと思う。この成績の付け方というのもまた問題だが。しかし明らかにどちらかに不利なデータがあれば考えても良い。

・黒や赤などのランドセルの色を家庭が選択することを禁止し、「女男ともに黄色いランドセル」といった、統一色を要求する。
僕は小学校のころ、紫色のランドセルを背負っていた。黒や赤より断然イケテルと思っていた。それでいじめを受けたことはない。「紫色のランドセルを選びたい子供たち」のために、統一色には反対するし、「家庭」が選択するのにも反対する。選択の主体は子ども自身であるべきだ。ちなみに小学校のころから男子が黒で女子が赤のランドセルというのは奇妙なルールだと思っていた。