紡木たく『ホットロード』

 

ホットロード 1 (集英社文庫(コミック版))

ホットロード 1 (集英社文庫(コミック版))

ホットロード 2 (集英社文庫(コミック版))

ホットロード 2 (集英社文庫(コミック版))

 泣いた。
 大塚英志の啓蒙で萩尾望都とか大島弓子とか読んでて、面白いけどいまいちピンとこない部分が多かったんだけど、これはもういちいち「くぅうう」とか「あぁぁ」とか「あっあっくっうっ」とか言いながら悶えて読んだ。
 間が大事な作品なので伝わらんと思うけど、一番突き刺さったシーンのせりふをちょっと引用。

「でもあたし先パイにだったら泣かされてもいいなー」
「そぉかな トオルさんの方がいいよ あんなやつより」
「あー!? ダメダメ 宏子さんがいるじゃあん/まぁ てれない てれない 彼女でしょぉ?」
「バーカ ちがうっていってんだろぉ」
「あは… あ… いいな… そぉゆーしゃべりかた/バーカとか そーゆーの いえるのってさー…/あはは…/かずきー あたし…さあ――/赤ちゃんおろしたよーに 見える?/なぁんか… いってんだってねー そーゆーこと かげでー/あんたも 聞ーたことあんでしょー? えへぇ 信じるー? そーゆーの…」
「ばーか 信じるわけないじゃん そんなのぉ」
「あたし… お おろしてないよ… か…ずき ほんとだよ 信じてよ… ね…/あたし…ぜった…」
「あったりめーだろォっ だれが いったんだよ そんなことよぉっ/なーん組の だれがいったんだよぉっ!?」
「…ううん いんだ あんたが信じてくれんなら…… それで」
「ぅるせ―――――っ ぶんなぐってやるっ そんなこと ゆーやつっ/ぶんなぐってやる……」
「ちがう… ごめん/ち ちがうんだよ… ふざんけんなって…なぐるくらい いつでも できんだけど…さ…/今まで けっこー ひとりでも へーき だったん だけど/あんたみたいな子が… あんたみたいな子が…いたから… 気が… ゆるんじゃって… 
(あたしの仲間…)
ごめん…ね… もォ… 泣かないから 泣…かな…いか…」
(あたしの仲間/あたしの…)

ぐおはあ!! となるわけです。

で、まじめな話。
この作品の中にあるような風景は僕が中学生のころには失われていた。*1僕の現在の関心の一つは、当時の、おそらく80年代中頃の中高生の文化状況がいかに形成され、そして終焉したのか、そしてその影響が現在にどのように及んでいるかということである。大塚英志紡木たくに言及する場合、それはもっぱら少女まんがにおける内面表現の到達点として、つまり「ことば」の問題として言及されるのだが、僕はそれと同時に、やはり当時の教育状況と、少女まんがが描いたテーマに関心がある。すなわち既存の社会秩序から逸脱した少年たちについてのことだ。といっても『ホットロード』の他には『花のあすか組!』くらいしか思いつかないのだが、これらの作品に刻印された時代性を見逃すべきではないと思う。
 ところで桜庭一樹は『SFマガジン』のインタビューで『ホットロード』のような不良文化にはおっかなくてついていけず、萩尾望都の少女まんがなどを読んでいた、と語っているのだが、桜庭の小説には明らかに萩尾的なフェミニズムの部分と『ホットロード』的な青少年問題の部分が同居していて興味深い。大塚英志シミュラークルと言ったり東浩紀が「いい時代でした」とかなつかしがったりしているのでなんだか80年代というのはきらきらした幻のような時代だったかのような錯覚を僕は持っていたが、こと青少年の問題に関しては切実な状況があったのではないか。そういえば83年あたりからは中高生の校内暴力が全国的に蔓延した時期でもある。
 桜庭の作品『ブルースカイ』には以下のようなやりとりがある。

 中庭を通りかかったら、熱血教師が花壇に水をやっていた。フンフン、フンフン、鼻歌を歌ってた。うっとうしいなぁ、とあたしは目をそらして通り過ぎようとした。(中略)
「な、青井。わかっどか」
「えぇ、なにがですか?」
「そうか、そら言わんとわからんわな。見てん、この花」
「花ですねぇ」
「水をやると、咲くんじゃ。こげん手入れして、ていねいに育てるとな、きれいな花が咲くんじゃ。先生もな、こげなふうに、あんたら生徒さんらをそだててるつもりやったっど」
 先生はのんびりと言った。
 あたしは「はぁ」と言った。
 花壇を見た。
 ……急に、きれいな花を踏み荒らして暴れたい気になった。どうしてなのかわからない。あたしの反抗期は(発情期と同時に)もうとっくにはるか時の彼方に去ったはずなのに。あたしは不機嫌な顔になって、先生のすねを、ごつん、と蹴った。
「あいた! なんすっとか、青井」
「先生、でも……」
「いたかがな、青井。なんしよっとよ! ……あんた、なんよ、泣いちょっとや?」
「でも、この世には咲かない花だってあるんですよ。きっと。花壇には花がいっぱいあるから、先生はきづいてくれないんですよ」
「そげなわけぁない。先生なんだから、ぜんぶ気づくっちよ、青井」
「……」
「こら、おい。話の途中やっど」
 携帯がブルブルしたから、あたしは先生をほうっておいて、涙を拭いてメールを見た。ぴきぃん。せかいに繋がる。

 どうも桜庭のこういう感覚は80年代に醸成されたのではないかという気がするのだが、青少年フォビアがひどくなっている現在、事態はいっそう深刻かもしれない。
 また、ネット右翼的な人の感覚というのはもしかして、引用した中の花壇の花を踏み荒らしたい衝動と似ているのではないかという気もしている。*2彼らは意外とかわいそうな人たちなのかもしれない。
 そういえば大塚英志の論壇デビューは現代社会で子供がいかに阻害されているか、だったらしい、『子供流離譚』のことだろうか。図書館には無いし、どこかにないだろうか。

ブルースカイ (ハヤカワ文庫 JA)

ブルースカイ (ハヤカワ文庫 JA)

*1:まあ、そんな反抗するような元気は枯れていた、というか。

*2:指摘をいただいたのでもう少し考える。